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勝島功の檄文
〜企業経営への情熱を〜

 去る2002年12月に急逝した、故・勝島功の理念を引き継ぐべく、その遺稿を掲載させていただいております。クライアント様向けに配信・送付した文章が中心ですが、時系列に沿った掲載ではない部分が一部ございますのでご了承ください。

勝島功の檄文
  • ホンモノについて
  • 社長へのメッセージ
  • 自分の世間を
  • フェア&フォローミー
  • サムライ精神
  • 勝者の条件
  • 拍手と賞賛と自己学習
  • 自分って何者なんだろう
  • 大切な日本の財産
  • 人間力
  • 笑顔
  • 元気!元気!元気!
  • 資質
  • 自らへの回帰…再生・蘇生・新生
  • 目的と手段
  • 裸の時代
  • 幹部社員について




  • ホンモノについて
     本年より月の初めにその時その時私自身が考えた事、思いついた事をまとめ、皆様に遅らせていただきます。失礼・僭越の儀はお許し下さい。

     100万冊の本を読んでも本物にはなれない。本は脳を肥やしてくれるが、決して足を肥やしてはくれない。足から得た悟りこそ本物である。
     “本”を“コンピューター”に入力されたデータと読み替えても同じことになります。
     情報を収集することが大切であり、それを疑うことを知らず、ましてそれを自分流に加工し、組み立て、読み取る力を養おうともしませんでした。
     その上、それらはベストセラー、インターネット、皆同一の情報供給源、いわゆる誰でも取れるNHK的チャンネルからでした。
     自分だけのチャンネルの確立に努力を惜しまなかったでしょうか…?
     単なる知識、単なる記号を後生大事、価値あるものと信じていなかったでしょうか…?
     知識、記号に自分なりの夢、希望を託し魂を吹き込んだでしょうか…?
     魂、息吹のないものは本物とはいえません。すなわち偽者を本物と信じ、または信じたふりをしてきたのではないのでしょうか。
     私たちはあまりにも自力で視る事、聴く事、触れる事、五感で美しさを、温もりを、ときめきを、すなわち感動する心を忘れてしまいました。そして感動する心の積み重ね(研ぎ澄まされた感性)をも…。
     そしてその失われた感性こそ知識と記号に、夢を実現するための加工力、組織力、読解力という一大原動力たるパワーを与えるものと確信します。
     私は本物とは環境、時代、周囲の目に惑わされず、今“自分”がこの会社にとって何が一番必要で重要であるかを“自力”で真剣に考え、そしてそれを具現化するためあらゆる手段を講じ、泥を被ってでも、また抵抗にも屈しない“自信”に満ちた強い意志から生まれてくるものだと思います。
     これからは本物を本気になって追い求め、本当に実現するために日々闘うこと、これしかありません。
     今こそ時代に流されない「本物の自分」=「自分流」を一刻も早く確立することが勝者の条件となります。
     ダメだなんて言葉はどこかにすっ飛ばして、笑顔で、「もう一丁、もう一回」の姿勢で頑張ろうではありませんか。


    平成11年 2月 1日
    勝島 功



    社長へのメッセージ
    (時代)
    1. 『社長』 自分は自分以外のなにものでもない、自分の根っ子は断ち切りようがないと言われ、21世紀は自国の文化・伝統・歴史の由来、躾を見直す時代と言われております。修復・再生は可能と思われますか。
    2. 経済が豊かになれば、精神も教育も文化もそれにつれて向上するという仮説を戦後50年信じてきたことをどう思いますか。
    3. 今まではみんな仲良くと和の経営で、それはエリート否定と現場重視が常識だったのに、知らない間いつの間にか、エリート肯定の英雄待望論が心のどこかに芽生えていませんか。

    (社長自身)
    1. あなたの会社の存続と発展を保証してくれるもっと重要なものは何ですか。
    2. 社長あなたが会社の最高の営業マンであると自覚していますか。
    3. 若さ(体と心)を保ち続けていますか。=達成意欲
    4. “変えよう” “変わろう”とする意欲がありますか。
    5. 好奇心旺盛ですか。
    6. 朝、鏡を見て自分の“笑顔”を確認していますか。
    7. “和して同ぜず”自分流を貫いていますか。
    8. 嫌なことから先にしていますか。
    9. 手段と目的を取り違えていませんか。
    10. 自分らしさを忘れていませんか。
    11. “中央から地方に” “地方から中央に” “地方から地方に”最近見聞を広めていますか。
    12. “しょうがないよ”と自分で勝手に自分の限界をつくっていませんか。
    13. 「海を山を空をゆっくり最近見たことがありますか。
    14. 心のおしゃれを忘れていませんか。
    15. ニュースと情報の違いは“行動力”の有無であると思われますか。
    16. 不景気は挑戦的な人や改革をする人にはむしろ絶好のチャンスと舞台を与えていると思ったことはありませんか。

    (会社全体)
    1. 会議に時間をかけすぎていませんか。
    2. 全員大きな声で挨拶をしていますか。
    3. 会社の玄関は常に清潔に整理整頓されていますか。
    4. 会社全体のムードが近いうちに好景気がくると錯覚していませんか。

    平成11年 3月 1日
    勝島 功



    自分の世間を
    1. 政界・財界等各界トップの犯罪増加
    2. 置き去りにされる社会的弱者
    3. 無責任・無原則・無節操
    4. 他人任せ・我関せず・見て見ぬふり
    5. 横並び 全員参加
    6. 官尊民卑
    7. 曖昧の積み重ねによる“先送り”
    8. 国民を守らない“政府”
    9. ない権利まで含めた“権利”の“主張”
    10. 忘れられた“恥”や“品格”(夢と希望)
    11. テレビから流れる劣悪情報
    12. ファッション化した助け合い精神
    13. 先見性見られない公共事業

     文明の進化(便利さの進歩)とひきかえに人間性そのものを少しずつなくしているような気がします。高等教育を受けた人が犯すまさかと思われる幼稚な犯罪、又年々の少子化現象も……。逆に“〇〇のためにやってやる”“アァ良かった”“成功した”“興奮したなぁ!!”という現象がなくなってきてはいないでしょうか。
     私は少し前までの日本には町内という世間、町内を単位とした地方という世間、大きく、
    くくれば日本という世間が「悪いことを」そして「恥をかくことを」注意し許さず「良いこと」「人のためになること」には、大きな拍手を贈ってくれたそんな存在があったと思います。
     しかし現在、我々には見せる、見てもらえる世間がありません。以前の世間が何に変わったかを考えるとインターネット・電子メールそして携帯電話という機器ではないでしょうか。私はこんな時代こそ自分なりの世間を作ることがいかに大切であるかを感じます。人が人であるためにはいかに人を好きになり、愛し、信じ、一緒に喜び悲しみを分け合う、時には憎みあってもいいのではないでしょうか。
     人に会い、顔を合わせてその雰囲気・風格・眼光を確かめる、そんな経験が大いなる信頼と人を見る観察眼を養い、一番大切な世間を知らず知らずの間に創りだしてくれるものと確信します。足をつかってできる限り多くの人に会いに行き、新しい発想・新しい人脈・新しいビジネスを創造しようではありませんか。それでないとあなたの世間が許してくれません。

    平成11年 4月 1日
    勝島 功



    フェア&フォローミー
     過去3回のテーマは“動く”でそこから何を得、何を自己実現出来るかでした。言い換えればフットワークとネットワークの大切さ、知恵と情報の結集が卓越した可能性を引き出してくれる、そんなことを書いて参りました。
     行動すれば状況が変わる、自分の進路も拓けてくる、行動しようそして貢献しようが基本理念として流れております。それは又、情報の発信だけでなく、いかに人の役に立つ、人に貢献できる情報を創造できるかと同義語でもあります。そんなことを考えている私はこれからは儲けよう儲けようでは儲からないが、正しいことをまっすぐやると自然に儲かる、そんな時代がそこまで来ている気がします。
     正しいことは何かと考えたならばフェアプレイの精神ではないでしょうか?フェアとはズルをしない、正々堂々五分と五分、どちらかが不利にならないという意味を持っています。私達は今よりフェアに近づくために何が正しいことなのかを徹底的に学習し、何が自分にとって正しいことなのかハッキリし認識することが急務と確信します。そしてハッキリしたらその基では全ての人々が平等でなければならないことを十二分に理解して下さい。自分と部下の関係、利害関係者全てにおいてです。
     そこには“安心と信頼”“人に役立つ、人に貢献する”が脈々と流れています。その時こそ貴方は「進め」ではなく間違いなく「フォローミー(後に続け)」と大きな声を発しているはずです。

    平成11年 5月 1日
    勝島 功


    おまけ
    [問題]

    * 社長自身が終わったら従業員の研修用としてご利用ください。


    ‐ 教訓 ‐

    ● 考えてばかりで、実行に移らない人はできません。
    ○ 素直に、まずやってみる人はできます。
    → なんでもやってみましょう。
      少しいけば、次の道は必ず見えてくるはずです。
      (一度、騙されてみてください。)



    サムライ精神
     “不況”“不況”“不況”日本国中大合唱である。今当社は売上・利益とも対前年比を上回り好調を持続していると吹聴しニコニコ顔で町を歩けば後からブスリ、満更嘘っぽい話に聞こえない、そんな環境にある。
     しかし、そろそろ観念して周りの景況に関係なく自分から仕掛けることをしないと、本当に中小零細企業者は駄目になってしまうところまできていることは間違いない。しかし自分から仕掛けるには良き時代を過ごしすぎたため「認識の甘さ」と「自己錯覚」の2点で私自身はもちろんであるが、大変難しいというのも事実ではないだろうか。
     「認識の甘さ」に関しては中小企業は社長が全てである。120%と言っても過言ではないと自覚し、声を大にしてそれを言えるかである。それ故、環境の変化に敏感に対応し存続のために命をかけて内部環境の質的向上を計ってきたかである。繰り返すが企業の存続のために命をかける、その報酬が存続のための利益を保証してくれることをどれだけの方が知っておられるだろうか。我々のどこかに良いことは自分悪いことは部下のせいという驕りの精神が宿ってしまっていないだろうか。
     「自己錯覚」であるが、“高度成長”“拡大再生産”という時代の風のおかげの企業成長を自分の実力と錯覚してはいないだろうか。それが証拠にバブルという風が止むとほとんどの企業が失速してしまった。企業として経営環境という風を利用するのは当然としても、その風が強すぎる又は弱すぎる時、冷たすぎる或いは温かすぎる時、自分で命をかけて風に挑戦し自分の風にする、当たり前のことであるが経営者は常に自分が“嵐を呼ぶ男”でなければならないと十二分に自覚していただろうか。悲しいかな“否”と言わざるをえない、これが本音である。では「認識の甘さ」と「自己錯覚」はどこからきたかを検証してみることとする。
     私事で恐縮であるが、息子が日本大学アメリカンフットボール部フェニックスにお世話になり今春卒業することができた。フェニックスの監督はスポーツをいらない人でも一度は名前を聞いたことがあるあの篠竹幹夫監督先生である。
     監督先生の輝ける栄光の歴史は次号に譲るとしても、私はその側においていただく機会に恵まれ大変な勉強をさせて頂いた。
     それは「命とは」そして「生きるということは」私のような凡人が年に何回か気紛れに思い起こすことを、それこそ日々の1秒の時間の経過の中に脈々と流れ、自分の細胞の中にすでに同化させておられるすごさに接してである。私は日本の最後のサムライを見た思いがした。これこそサムライ精神であると!!
    そしてこの忘れられていた精神は我々日本人が経済・社会・教育・文化という面でもう一度思い起こさなければいけない精神ではないでしょうか。監督先生は『武士道とは日本の象徴に他ならない、桜の花に優るとも劣らない、人の道を照らし続ける光だと言える。その光が今日本人にかけている。私がサムライイズムを訴える最大の理由がここにある。時代錯誤(アナクロニズム)と言われようが何をしようがこれだけは訴え続けていかなければならない。』とおっしゃっておられます。
     もう「認識の甘さ」と「自己錯覚」はどこからきたか十二分におわかり頂けたと思います。以下監督先生のサムライ哲学を紹介し、本月号を締めさせて頂きます。

    平成11年 6月 1日
    勝島 功



    ‐篠竹幹夫監督先生の不死鳥日記より‐

     サムライとはどの様な人間を言うのか。
     “自己犠牲の精神”に富み“責任観念”の強い人物を指し、やがて訪れる21世紀社会にも通用する人間像である。
     武士道の修行書『葉隠』の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という有名な一節は、サムライの道徳的勇気を語ったものである。
     道徳的勇気は蛮勇、すなわち肉体的勇気とは異なり、価値ある目的のために命を惜しまず立ち向かう姿勢を言う。誇りと信念を死守し、しかも自らを捨て去り、大儀に貢献する精神である。
     「一粒の麦もし死なずんば‐」。これは、一粒の麦が自分が麦であることを忘れて死んでくれるからより大きな実りを生む、ということである。この覚悟を持てるものがすなわちサムライである。わがフェニックスにおいてのサムライとは、フットボールのために無死となり、日本人としてのプライド、フットボール選手としてのプライドを保ち、自分自身以上にフットボールを敬愛し、その礎となるために、いつでも散花できる覚悟を身につけている者である。

    平成 5年 1月 1日  下高井戸グランドにて



    勝者の条件
     「お手本のない感動の大変革期」今を生き抜き存続と発展を保証してくれるひとつに、いかに「素直にものを視」「単純にものを考える」力があるかがあります。一見なぁんだ、簡単な事じゃないかと考える方がおられると思いますが、学者曰く「思考力はそのトレーニングが浅ければ浅いほど、難しく難解にそれを積めば積むほど簡単さと素直さが増す」と言っております。私がなぜ素直さと単純さに拘わるか、それは“見切る力”と“見直す力”の源であるからに他なりません。文頭にも書きましたが、現在はお手本のない大変革期という経営環境にあります。全てに構造変化がおきております。そんな今、外部の環境に順応し内部環境を変革しなければなりません。自企業の進路、そのための陣形を自分流に考えつくり出す必要にせまられております。そのためにはまず過去と決別し「自分を」「現状を」“見切り”名誉と勇気ある撤退をし、人・モノ・カネ・情報・時間という経営資源を“見直し”陣を立て直し、自企業のあるべき姿をイメージし、間違いのないデザイン、そして繊細な感情と臆病なまでの神経を使い、確かなシナリオを創造することに他なりません。その時確かなシナリオは素直さと単純さという力があればあるほど、より確かなものとなるからです。
     私達はこの素直さと単純さを源とする“見切る力”と“見直す力”を培い、分を知る、いわゆるこれからの時代はいかにトップが澄んだ心で邪念を捨て、まやかし・嘘・小手先は通用しないと自覚し、あとは運を天にまかせ身を委ねる経営をするところに、天は勝者というトロフィーを与えて下さるということを十分認識する必要があります。又、勝者となるためのシナリオには、これからは何らかのかたちで自企業が地域社会に貢献する場面のあることが絶対的な条件であることをつけ加えておきます。

    平成11年 7月 1日
    勝島 功



    拍手と賞賛と自己学習
     「お手本のない感動の大変革期」今を生き抜き存続と発展を保証してくれるひとつに、いかに「素直にものを視」「単純にものを考える」力があるかがあります。一見なぁんだ、簡単な事じゃないかと考える方がおられると思いますが、学者曰く「思考力はそのトレーニングが浅ければ浅いほど、難しく難解にそれを積めば積むほど簡単さと素直さが増す」と言っております。私がなぜ素直さと単純さに拘わるか、それは“見切る力”と“見直す力”の源であるからに他なりません。文頭にも書きましたが、現在はお手本のない大変革期という経営環境にあります。全てに構造変化がおきております。そんな今、外部の環境に順応し内部環境を変革しなければなりません。自企業の進路、そのための陣形を自分流に考えつくり出す必要にせまられております。そのためにはまず過去と決別し「自分を」「現状を」“見切り”名誉と勇気ある撤退をし、人・モノ・カネ・情報・時間という経営資源を“見直し”陣を立て直し、自企業のあるべき姿をイメージし、間違いのないデザイン、そして繊細な感情と臆病なまでの神経を使い、確かなシナリオを創造することに他なりません。その時確かなシナリオは素直さと単純さという力があればあるほど、より確かなものとなるからです。
     私達はこの素直さと単純さを源とする“見切る力”と“見直す力”を培い、分を知る、いわゆるこれからの時代はいかにトップが澄んだ心で邪念を捨て、まやかし・嘘・小手先は通用しないと自覚し、あとは運を天にまかせ身を委ねる経営をするところに、天は勝者というトロフィーを与えて下さるということを十分認識する必要があります。又、勝者となるためのシナリオには、これからは何らかのかたちで自企業が地域社会に貢献する場面のあることが絶対的な条件であることをつけ加えておきます。

    平成11年 7月 1日
    勝島 功



    自分って何者なんだろう
     みんなと一緒にそこそこ働き、みんなと一緒にほどほどの消費を楽しみ、みんなと一緒に思った以上の資産価値の上昇に酔えた・・・・・・。
     そこには本来の一番大切な人としての基本である「自分て何だろう」「自分の存在とは」というテーマが全く無視されておりました。もちろん実際「自分とは何者で何だろう」ということは分かっているようで分からない、これが実情であることは十分承知のうえの話ですが・・・・・・。
     なんでこのような書き出しになったかと言えば、当然ですが大部分の経営者の方は今の日本のこの厳しい経営環境がいつ回復するのかと期待をし、又、大げさに言えばもうこの国は駄目だと絶望したりしています。でもたまたま、今いっぺんに好況になったとします。すると収益力が向上し、給料がアップし、みんなが万々歳です。でもちょっと待って下さい。外部の要因が好転し、お陰でみんな物質的に豊かになったとしても、それで自分の抱えている内なるものが本当に解決したのでしょうか。物質の豊かさ、経済力の異常な上昇は国に何を、そして個人に何をもたらしたか。ほんの最近ちょっと前の歴史が物語っています。私達は自分の行動、その結果、特に苦痛を外部要因のせいにし、自分の存在・自分の表現を忘れてしまったのではないでしょうか。
     自分の中に抱えている問題を見つめ、それに対峙し、外部の向かってゆく、いわゆる自分を本当に見つめ直さないことにはなんの解決にもならず、進歩もないことを今十分すぎるぐらい私達は学習させられています。今では建前と本音というのが日本の自己表現の習慣としてある意味で通用してきましたが、これからは本音、どれだけ自分の裸・自分そのものを豊かに表現できるかにかかってくる時代ではないでしょうか。言葉・文字・記号での表現でなくとぎすまされた肉体・五官を通してそのひとつひとつの細胞から発せられる己の魂の叫び、“感性”に磨きをかけ、それで己を表現して闘う時代です。感性とは人間に残された最後の動物的本能と言われております。人が人として内なるものを常に見つめ、外部に自分を発信する、そんな“個の時代”のスタートです。自分を信じ、自分を愛し、自分を大切に、楽しく悩み明日を信じてさぁレッツゴー!!

    平成11年 9月 5日
    勝島 功



    大切な日本の財産
     リストラ旋風が吹き荒れている。一万人、二万人、等々、まるでギロチンかガス室で人間を償却するかのように・・・ふとそれが間違いなく会社の存続を保証してくれるのだろうと・・・それよりも優秀な人材を殺すことで今日の日本を築きあげた終身雇用制度における何よりの力・・・・・忠誠心・・・を忘れさせ、相互信頼という素晴らしい人間関係をも破綻させてしまうような気がしてならない。
     マスコミだけでなく国中がこれからは自己主張の時代と叫んでいる。結構なことではあるが、しかしほとんどの国は多民族国家である。誰とでも互角に自己主張しなければ自己の存在を無視され生きていけないからである。まして言葉に関しては日本語のような難しい敬語は存在しない。日本人は親を、上司を、先生を、先輩を敬い、それらの人々には控えめにしっかりとした言葉で自己主張をしていたように思う。しかし自己主張という言葉だけが一人歩きした結果、日 本語が乱れ、同時に悪ガキ、殺人者までもが人権を主張する時代である。
     ガンを告知するかしないか、ちょっと前までこれもマスコミを賑わしていた。
    多民族国家であれば告知をすることが最大公約数的に考えればほぼ間違いなき結果を招き、後で知らせなかったという理由で訴訟を受ける可能性がないからである。日本は正確ではないがほぼ単一民族である。知らせることで勇気をもって病魔と闘う人と逆効果になってしまう人がいる。医師も告知するべきか否かではなく、日本の場合、この人は、このかんじゃの場合はと心の中で見抜ける訓練が必要ではないだろうか。
     メール、携帯、パソコン、ホームページ、インターネット等々、これからの時代の生活の手段の中では最も重要だと思われる。しかしちょっと待ってもらいたい。25倍という国土の広さと電信柱ですべてが間に合う国、ましてやタイプライターと毛筆の国である。ひざ詰談判、あうんの呼吸も捨てた気もしないと思う。いかがなものだろうか。そして最近毎日のようにアメリカの平均株価がテレビに映し出され、インターネットで普通の人が投機をし、一喜一憂している映像が映し出されている。老後の社会保障のない国であり、若い時から自分自身を守らなければならないため少しでも利回りの良い資産運用をせざるをえないためである。国におんぶにだっこの日本に投資家以外であのような映像に共感しなければならないものだろうか。また日本はサービスが過剰すぎると言われる。典型的な例はゴルフのキャディーという声が多く、最近はセルフのところが多い。ちょっと、そしてよく考えてみれば、最近のゴルフ場のグリーンの乱れ、またマナーの悪さに我慢ができるだろうか。庶民にとってはゴルフ場に行ってしまうからである。ゴルフの楽しみ方、そしてゴルフの歴史が十二分に私生活に入り込んでいる西洋とは同じ土俵で論じられない。キャディーはゴルフ場の常識とマナーの教師の存在であると未だ日本の国では認識すべきではないだろうか。
     いろいろ書いてきたが、言いたいことは何でも国際的という名のもとに「日本の財産」を知らず知らずのうちになくしてしまっていることである。大切なこの国のかたちを守るその上でより良いかたちを創造する義務のある国の指導者、政治家、企業、及び金融機関の経営者、官僚に聞いてみたい。責任者としての責任の取り方とその罪を・・・

    平成11年11月 5日
    勝島 功



    人間力
     最近「人間力」という言葉が使われている。はたして「人間力」とは何か??私なりに経営者の方々と接し、企業経営のうえで必要と思われる「人間力」を50項目に具体的に表現してみた。
     結果として、その力は自分の本業をごく自然に当たり前にやった時の力であり、何か特別な力のように言われていることに今の時代のこわさを知った。
     全ての価値観が、いや社会の構造、そしてその組織の変化、変革が激動の歴史のまっただ中にあるということだけで叫ばれている。しかし全てにおいて大切なものは、原点そのものであり、今を生きる者にとって、いかにその原点を鋭く認識し、良き経営者である前に一人の大人(タイジン)でなければならないと痛感した次第である。


    ― 経営者の「人間力」その50項目 ―

    (1)働くこと (頭と体)・・・・・・・・・・・本業力
    (2)行動すること・・・・・・・・・・・・・・・結果力
    (3)金を使うこと・・・・・・・・・・・・・・・時間力
    (4)情報を得ること・・・・・・・・・・・・・・源泉力
    (5)人または世間のせいにしないこと・・・・・・自分力
    (6)嘘をつかないこと・・・・・・・・・・・・・信用力
    (7)時代を見ること・・・・・・・・・・・・・・先見力
    (8)考えすぎないこと・・・・・・・・・・・・・楽観力
    (9)真似をしないこと・・・・・・・・・・・・・ほんもの力
    (10)常識を疑うこと・・・・・・・・・・・・・・発明、発見力
    (11)不可能はないと思うこと・・・・・・・・・・夢、願望力
    (12)金持ちになったイメージを描くこと・・・・・想い、叶う力
    (13)素直で単純であること・・・・・・・・・・・吸収、受容力
    (14)笑顔でいること・・・・・・・・・・・・・・福運力
    (15)感謝の気持ちを持つこと・・・・・・・・・・謙虚力
    (16)朝・夕、神仏に手を合わせること・・・・・・お陰、恩恵力
    (17)早起きすること・・・・・・・・・・・・・・準備、段取り、手順力
    (18)良質な無駄をすること・・・・・・・・・・・堆肥、成長力
    (19)データに頼りすぎないこと・・・・・・・・・感性、鋭敏力
    (20)思いきりのよいこと・・・・・・・・・・・・実行力
    (21)自分を信ずること・・・・・・・・・・・・・成功力
    (22)恥をかかないこと・・・・・・・・・・・・・面目力
    (23)義理・人情をかかさぬこと・・・・・・・・・助力・援助力
    (24)焦らぬこと・・・・・・・・・・・・・・・・平常心力
    (25)分を知ること・・・・・・・・・・・・・・・容量力
    (26)ストレスを持つこと・・・・・・・・・・・・緊張力
    (27)好奇心を持つこと・・・・・・・・・・・・・若さ力
    (28)開き直れること・・・・・・・・・・・・・・無心、無欲力
    (29)ファミリー根性に徹すること・・・・・・・・同族力
    (30)一病息災であること・・・・・・・・・・・・注意、手入力
    (31)明日を信じれること・・・・・・・・・・・・努力、希望力
    (32)過去を振り返らぬこと・・・・・・・・・・・前進力
    (33)・・・タラ、・・・レバを発しないこと・・・・・・リベンジ力
    (34)身だしなみを良くすること・・・・・・・・・清潔感、印象力
    (35)精神と肉体がタフなこと・・・・・・・・・・達成力
    (36)趣味があること・・・・・・・・・・・・・・気分転換、発想力
    (37)異性を意識すること・・・・・・・・・・・・色気力
    (38)気が小さいこと・・・・・・・・・・・・・・細心、大胆力
    (39)興奮できること・・・・・・・・・・・・・・感動力
    (40)話し上手・聞き上手であること・・・・・・・接客、交際力
    (41)子供への躾に厳しいこと・・・・・・・・・・愛情力
    (42)部下をきちんと叱れること・・・・・・・・・使命感、責任力
    (43)時としてわがままであること・・・・・・・・自分流力
    (44)いつもこれでいいのかと思っていること・・・向上心力
    (45)会社への思い入れが大であること・・・・・・忠誠力
    (46)短気であること・・・・・・・・・・・・・・忍耐、我慢力
    (47)見極めが早いこと・・・・・・・・・・・・・決断力
    (48)声が大きいこと・・・・・・・・・・・・・・元気、説得力
    (49)仕事が楽しく感じられること・・・・・・・・継続、成長力
    (50)本を読むこと・・・・・・・・・・・・・・・栄養力



    “力(パワー)は、全ての源である”
     どうか自分にない力をもう一度見直し、よりパワーアップをし、「どんとこい」と力強く明日に立ち向かって行きましょう!!

    平成11年 3月吉日
    勝島 功



    笑 顔
     最近とみに見かけなくなったものに素敵な笑顔がある。“笑う門には福来る”“笑顔に不幸なし”“100万ドルの笑顔”・・・。その笑顔がなぜ少なくなってしまったのだろう。
     その前に私事で恐縮であるが、事務所を開設したばかりの20代も前半の人生経験は勿論、実務にも自信がなかった頃である。初対面の社長とまず名刺交換。それからの会話の時である。いつも言い聞かせていたのはまず笑顔、笑顔である。相当に強張(こわば)っていたのではないかと想像にかたくない。同時に相手の社長の顔である。乱暴な言い方であるが、話の内容はどうでもいい。お会いしている時間の中でどんな笑顔を見られるかである。ココが勝負である。どんな“こわもて”“その筋の方”(失礼)と見間違えるような人でも、なんとも言えない、えも言われぬかわいい笑顔が見えた時、よし、この社長・この会社に全力投球と決心した。この気持ち、この目安は今でも変わりない。若僧で実力も勿論、自信も経験もない、ないないづくしの時代にそれを補って相手の社長と話をさせてくれた力が笑顔である。そして反面、よし、この人のためならと自分に決心させた力も社長の笑顔である。
     又、同時期に簿記教室を開講していた。地方では県内に1ヵ所あったぐらいの為、大勢の方に利用いただいた。教科書を持たず自分の口と黒板だけからの授業であった。その授業から私が学んだことは理解度の悪い人は、まず眉間にしわをよせている人、次に下を向き机の上のノートにいつも何かを書いている人だった。良い人は間違いなくさわやかな自然体の笑顔で正面を見、話に耳を傾けていた人だった。眉間にしわをよせることは、脳細胞の働きを妨げ、さわやかな自然体の笑顔はそれをしなやかに活性化させてくれる力があることを身をもって知った。「笑顔こそ自らに福をそして運を運んでくれる福運力の持主そのものであると・・・。」
     最近、自然がとみに不気味な活動をし、経済は出口のない不景気、学生は不登校に官僚は不祥事と不安と不幸が続いている。“不”“不”“不”だらけである。笑顔を忘れた人間たちが自ら福運力を放棄した結果ではないかと考えるのもあながち見当はずれではないと思う。笑顔を忘れたときから私達は“不”という魔物に見入られてしまった、そんな感じさえしなくはありません。しかし、“不”を退治してくれる福運力の源、それはどこにもいかず、自分の中に間違いなく存在しています。“朝起きたら鏡に向かってニコッ(^ o ^)”。その時、不快も快調に、不安も安心に、不得意も得意に、不器量も器量よしに変心・変身!!
     100万馬力のエネルギーが体の芯からマグマとなって噴き出します。

    平成12年 4月吉日
    勝島 功



    元気!元気!元気!
     何か元気のある話をして下さいと依頼されるケースがめっきり増えた。
     私は声も大きく体もデカイ。尚且つ態度もデカイ(失礼!!)しかし人とお会いする時はなるべく笑顔でいるように心掛けているせいか、人様から見ると元気の塊のようにうつるらしい。そんなところから前途の要請があるとみた。(実際にはカラ元気が多い)

     そこで元気の出る話の内容を考えたが全く思い浮かばない。はてどうしたものかと悩んだ。まさか“元気一発リポビタンD!!”これでは洒落にもならない。そうだ、元気の出る話を頼まれるということは元気がないからである。元気がない原因は野球でも負けがこむ時、企業でいえば収益力が悪化する時であり、また、いつになったら勝てるのか、ともすればこのまま負けつづけるのではと明日への不安を抱く時、企業でいえば永久に不況が続くのではないか、そしてくるべき時代が自企業の存在を許してくれるかという不安感に苛まれる時である。
     そうであれば簡単である。あなたの会社の収益力は間違いなく向上し、くるべき時代はこういう時代であると具体的に話せばすむことだと気付いた。話をしてビックリした。21世紀は宇宙人と一緒に生活をする状況になるぐらい劇的に全てが変化すると考えている人が結構おられることである。私は基本的には変わらないと思っている。ただ間違いなく変わり、これに対応しなければ豊かな人生をおくれないものがある。それは『時間の観念』である。時間とは大自然を含め原理・原則を以下にとらえることかと考えられる。次にいよいよ企業収益力が間違いなく向上する方法を話しますと切り出すと、どこの社長もこの時ばかりは目がらんらんと輝く。次の瞬間、落胆の表情を浮かべる。話の趣旨は次のようなものである。それは、「社長あなたがどれだけ変わろう、変わらなければという意思を持ち、社長のひとりひとりにそれが浸透しているかにかかっていますよ」ということである。なぜ「なぁんだ」と、そんな表情をされるのか理解できない。つまるところ、くるべき時代は時間がキーワードになる。時間は、手段・手続に大変化をもたらす。さすれば企業の存続と発展を望むなら自分がそして組織の変化が絶対条件である。
     私は考えた。自分が変わろうとするエネルギーを持たず“棚からボタモチ”を狙っているのだろうかと申し訳ないが勘繰ってみたくもなった。悲しいことである。私自身帰り道元気をなくして帰る有様である。まぁ、偉そうなことはこの位にして昔の時代劇映画『関の弥太っぺ』の中で私が元気をもらったセリフを紹介します。正確さを欠いていますが失礼します。
    『真っ暗闇の夜にも間違いなく明るい朝がまいります』
     今は不安一杯の長いトンネルですが太陽がさんさんと輝いた出口は間違いなくもうそこです。どうか心に太陽をの心境でがんばる時です。頑張りましょう。
     元気に明日を信ずることです。カラ元気も元気のうち、逆もまた真なり。すなわち元気でいれば先も見え、元気でいれば企業実績も向上することをお約束します。
    『元気が出ましたか!!』

    平成12年 5月吉日
    勝島 功



    資 質
     今、森喜郎さんの総理としての資質が問われている。神の国或いは国体発言よりも根本的な何かによってではないだろうか。
     私は資質とは自分の置かれた立場で自己を主張し、その方向性を示し、誇りを持ってその実現に向けての自分の“生き様”を他の人に見せ、理解と共鳴を得る説得力・納得力という力を保有しているかどうかではないかと思う。
     (1)森さんであれば(2)明日の日本の(3)あるべき姿、そのための基本的な行動指針となる考え方を明確にし、それに対する純粋な忠誠心と(4)国民に対する強烈な使命感を持ち合わせているか否かである。森さんの資質はそれ位にして、社長業の資質について考えてみたい。
     上記の(1)、(2)、(3)、(4)を順に(1)を社長、(2)を自社、(3)を経営理念、(4)を社員と置き換えると、社長は自社の経営理念を明確にし、それに対する純粋な忠誠心と社員に対する強烈な使命感を保有していなければならないと読める。そうでない社長は社長の資質がないということになってしまう。
     私は最近とみに、この経営理念こそが閉塞感・目標喪失感に覆われた活力のない環境下において、企業経営の根本の力となるものであることを確信した。ではこの経営理念とはどこから生まれ、どんなものでなければならないか。私はそれは社長自身の人生哲学を凝縮したものでなければならず、それは又、会社の社員の幸せのみならず地域社会への貢献及び社会的責任が付加されたものでもなければならないものであると。そしてそれは、全社員の魂の中にまで同化し、心の底から共鳴し、これこそが我が社の経営理念であると声高に誇りを持って主張できるようになった時、間違いなく全社員が心を奮い立たせ忠誠を誓う価値のある経営理念の確立の時といえる。そして社長が、その経営理念という旗を掲げ、その実現に向けて会社の誰よりも全身全霊で打ち込み行動する姿、自分の“生き様”を社員に見せた時、社長は社員にとってのカリスマ的存在となる。カリスマ的な存在とは絶対的指導者をも意味する。
     時間との戦い又はYES or NO及び白か黒とはっきりと早く主張することが要求される時、会議・落としどころ・合意・玉虫色・・・は時代遅れも甚だしい。今こそ絶対的指導者こそが中小企業に求められている。(今までは絶対的指導者ぽかっただけで本質的には間違っていたと思う)
     しかし、この経営理念は企業の発展段階に従って変化しなければならない。いわゆる人間としての社長の成長と共に昇華されるものでもある。故に昇華されなくなった時、又はそれを怠った時、社長は自ら後継者に事業を承継する義務を負う。
     「自分とは」「自分の会社の社長としての存在」「自分の責任」「自分の義務」「自分の過去・現在・未来」、自分、自分、自分・・・を徹底して考えた時、本当の自分のまわりが見え、何か今まで見えなかったものがそこに見えてくることを約束します。
    それが素晴らしい経営理念であることも!!!

    平成12年6月吉日
    勝島 功



    自らへの回帰…再生・蘇生・新生
     マスメディアは大蔵大臣、経済企画庁長官が各種統計資料から判断すると、景気もいよいよ不況という長いトンネルを抜け出し明るい兆しが感じられ、間違いなくプラス成長に転じたと報道している。結構なことである。ここで私達中小企業がしっかりと自分自身を見つめ直し、覚悟をしなければならないことがある。
     まず統計に表示される数値は10%に満たない大企業か、はたまた時代の波に乗れたごくごく僅かな特殊企業の数字の割合がほとんど大部分に影響しているということである。90%以上のいわゆる中小零細企業の現況は統計資料の10%をも占めていないのが実情である。ということは企業の数でいえば、ほとんどの企業が明るいどころか一番つらく苦しい時を過ごしているということである。(過去においても統計が期待を抱かせる状況時に中小企業の倒産が増加する傾向にある)
     しかし、一番大切なことは今までの経験で言えばそれら日本の経済をリードする企業郡が業績を良くしたのだから自分達も半年もすればその恩恵に与(あずか)れると錯覚してはならないことである。なぜそれらは業績を回復させたか。“内部環境を変革・改革・革新し、外部環境に順応していく体制づくり”に成功したからに他ならない。
     であるならば組織を再生させた企業が今まで通りの取引方法・手段で中小企業と係ってくるだろうか。同時に消費者も情報通信による知識を自分の身に肌に同化させ又、バブル崩壊という厳しい時をよい教訓とし、生活の中にいくらか自立精神を養えたことと併せた時、今まで通りの消費性向で購買価値と立ち向かってくるだろうか。
     再生に成功した企業、自分が日常の生活の生き方に目覚めた消費者に受け入れられ共に市場経済に参加を許される中小企業は、自らの過去に身についた悪しき常識と慣習・慣行を破壊し、自らを蘇生させ得た者だけに限られることを十二分に覚悟しなければならない。はやい話、好況期が来たとしても今までのようにみんなに収益力のアップは望むべくもなく、ハードもソフトも一新した新体制づくりに苦心した者しかそれを享受できないということである。そのために今、何をなすべきか!!! 端的にいえばこのたいへんな時期・日々“凌(しの)ぐ”だけではなく本来の自分を見つめ再び自らへと回帰し、自分を再生させる道を進むことを認識し、併せて傷つけられた企業風土と企業精神を落ち着いたものに修復しなければならない責任と義務感を我々自らが持つことではないだろうか。

    平成12年 7月吉日
    勝島 功



    目的と手段
     最近見るもの聞くものでチョットこれはおかしいぞと思うものに目的と手段を取り違えている現象がある。老若男女を問わず皇居のまわり又は新潟の海岸線を汗をかき息を切らしてジョギングをしている光景をよく目にする。年配の方で今にも倒れそうな人もいる。健康の一環として走っておられると推測される。しかし健康は手段であって健康な体で自分の人生の生きがいを具現化する、そのことこそが目的である。

     初詣で神社に詣でると合格祈願の絵馬がところせましとつるしてある。苦しい受験戦争を闘い良い大学に入るのは手段であり、そこで自分の望む研究テーマを思いきってすることこそが目的である。会社人間にとって会社で働く経済活動は手段であってそれにより家族を守り幸せな日々を送ることが目的である。

     インターネット全盛の時代である。従来の時間と情報における常識を一気に覆してしまった。本当にその便利さには頭が下がる。しかしインターネットを操作することは手段である。時は金なり、情報は知識又は知恵の源という。インターネットの目的はどれだけ時間を生み出し知識を知恵に変え、より豊かな生活を創造するかにある。未だ色々あるが目的を間違え、手段どまりの風潮が見受けられると思うのは私だけだろうか。目的と手段を間違えるとどうなるか。そこには不幸しか待ちうけていない・・・。

     「健康だけを考えたジョギングで無理をしすぎて突然死・・・」「合格で腑抜けになり全く無駄な4年間・・・」「会社人間は退職金が慰謝料に化ける離婚かホームレス・・・」「インターネット人間の不感症化・・・」。なぜ間違えるのか!!2つの理由が挙げられる。ひとつは“手段どまりは楽だからである。”目的を成し遂げるということは手段の数百倍、数千倍というエネルギーを費やす。一方手段はジョギングで汗を流す爽快感、合格して祝福される幸福感、インターネットを酷使する優越感、会社人間としての忠誠を誓う使命感・・・。手段だけを考えれば楽で幸せなことばかりである。目的には際限がなく、常に向上心・好奇心・達成意欲というエネルギーを必要とする。

     もうひとつは日本人のお上意識が原因ではないだろうか。個人の、地方の、国の、業界のあり方をあらゆる分野でお上の御沙汰を仰ぐ。結果として目的を果たすためにどういう手段を用い、どういう形でという自立したシナリオを書けなくなってしまったからではないだろうか。最近は目的を果たすというよりも目的が持てない、見えないという人達が多いと聞く。悲しいことである。

     さて、2000年という新しい時代というよりも違う時代の幕が開けた。新旧が入れ替わるというよりも人間の今までの常識が変わる。言い換えれば今日の常識が明日の非常識、又は今日の非常識が明日の常識になる。そんな時代、それが私の違う時代の幕開けの時という意味である。この違う時代を生き残るためには“自立した精神”と“覚悟”そこから創造される“目的意識”、そしてそのための“手段”をしっかりと見極めることである。

     最後にヨットで世界最年少単独無寄港世界一周に成功した白石さんの講演主旨を掲載しておきます。

    勝島 功


    −白石さんの講演主旨より−
       《船は封建主義の世界
            船長の存在は絶対だ
                長所は命令の伝達が早い
                      もちろん短所もある》

    「船長がバカだったらみな死ぬ」だから「船長を選べ」



    裸の時代
     新世紀は裸の時代である。言い換えれば嘘・見栄・体裁・厚化粧が通じない、テーマは“素”ではないだろうか。
     この不況下において、ものが売れない、受注がないと悩んでおられることは、この仕事をしていて十二分に分かっているつもりである。しかし、高度成長、物質至上主義の時代は売る人・製造する人・役務を提供する人よりは、その商品・製品・サービスが目的であり問題であった。新しい時代を迎えるのに我々は未だこの考えでいるのではないだろうか。新しい消費者は商品・製品・サービスは勿論であるが、それらを提供する人の顔、言い換えれば“人間性”を視ている気がしてならない。そうであれば営業とは“人間性”を売らない限りこれからは成り立たないと言える。具体的にはそこに裸の自分から出る「目的・主体・気持・心・精神・価値観・・・」が見えないと駄目だということである。今は“もの”は絶対条件ではなく、必要条件となってしまい、売る人の“人間性”こそが絶対条件の時代と認識すること、ここから全てのスタートが始まると覚悟する時代である。
     それでは人間性はどうしたら??本当の自分を、裸の自分を認めてもらえる様、日々感謝・感激・感動をすることではないだろうか。何かにつけ嬉しさや悲しさの心を“知り”美しい花や澄んだ月に情けを“感じる”。“知る”と“感じる”との交わりの中に物事をとらえ感動する。どんな状況であれそんな気持ちを常に持てる広さ・大きさ・豊かさ・強さのある自分づくりをすることではないだろうか。そして、そんな人間同士が裸で素の自分をさらし細胞を、魂と魂をぶつけ合い互いの心の琴線に触れる時に大きなエネルギー、そしてパワーが生まれ、それこそが自分の夢を具体化してくれる源泉となることに気づくに違いない。
     本気で裸になることは勇気のいることである。裸になること、本気になることに慣れていない我々には酷かもしれない。しかし、人として生き、新世紀を生き抜くことを真剣に考える時、まずは見るもの聞くもの触れるもの全てから素直に感じる力を養い、泣ける位の感動をみんな一緒に感じようではありませんか。
     日本一の事務所づくりをめざせる丈夫な体に産んでくれた親に感謝します。
     日本一の喜びを分かち合えるスタッフが居ることに感謝します。
     しかし、それを可能にしてくれるものは事務所の顧問先の存在が全てであることに感謝をします。

    (注)日本一とは規模でなく事務所の独自性という意味です。



    幹部社員について
     最近幹部社員の研修会を頼まれることが多い。初めはこの不況のもと、一応研修会をすることで企業内に少しはショック療法を施す、経営者にとっての気休め程度と思っていた。しかし、A社の次はB社、C社、D社、E社・・・と連続してお呼びがかかると、やはりそこには間違いなく今、幹部研修を行わなければならない大変な理由があるからだと考えるようになった。今なぜ中小零細企業にとって幹部研修なのか!!直ぐ理解できた。それは幹部とは社内でナンバー2、ナンバー3の人たちなのであるが、”その力”がないからである。

     どんな”力”といわれれば「全く欠けている力」”創造力””企画力””責任力””営業力””管理力””信用力””変化力””挑戦力””統率力”・・・。

     「十二分すぎるほどある力」”調整力””チェック力””会議力””残業力””イェスマン力””常識力””錯覚力””伝達力”・・・。本来幹部とは上記した全く欠けている力を十二分すぎるほど持ち合わせ、十二分すぎるほどある力が邪魔をしてしまう人達を指すからである。何故か?それは高度経済成長期、社長というトップの傘のもと、ワンマンといわれようが、反対によく話を聞いてくれる社長と言われようが、一人でしか責任をとれない人の庇護をいっぱい受け、守られてきただけでしかないからである。

     拡大再生産、高度経済成長期は同じ事をただただ繰り返しさえすれば内的規模は公式通り拡大したからである。社長のまね・社長の忠実なメッセンジャーであれば結果も良かった時代である。社長もなんとなくどうにか会社がここまでやって来れたのはこの人たちのおかげと思いこんでいた。しかし、経済に止まらず全ての分野に構造改革の波がおしよせ、その波に対応することが存続の絶対条件となり、トップが自分一人の力だけでなく守ってくれてきた直参旗本の力を今こそ存分に発揮させ、又してもらおうと思ったとき愕然としてしまった。自分の魂の入っていない小さなコピーがそこに存在していただけだったからである。

     さぁ社長も困った。それ以上に今まで幹部と呼ばれていた人は困った。お互いの錯覚である。力がないのにあると思っていたトップ、ないのにあると思いこんでいた幹部、これほどの不幸があるだろうか。こういう救いようのない幹部の存在が日本の中小企業の実情である。(これはトップの責任でもある。)悲しいことである。しかし悲しんでいるよりも本当の直参旗本になってもらわないと困る。それには意識改革がその人達には義務と思われる。義務を遂行し期待される人的資源となるためには、楽をした時間だけ人の倍苦労することである。厳しいようであるが本音である。

     「新しい時代は技術の大幅な進歩で創造的価値グループとマニュアル順守職人に二分される。」調整・チェック伝達力等々はすべてパソコンで文句も言わず、それこそ正確にコストもかからずやってくれる。全てはショートカット、いわゆるダイレクトの時代である。物は考えよう、心は持ちようという。幹部諸君がトップグループでその力を十二分に発揮するか、はたまたむなしい化石として淘汰されるかは本人次第である。早い話、緊張に耐え、自助努力と自主判断で未来を切り拓く覚悟のないものはトップであれ、幹部であれ務まらない時代である。

    勝島 功